隣にいる異性と恋に落ちる曲:宇多田ヒカル「俺の彼女」

 

俺の彼女はそこそこ美人 愛想もいい
気の利く子だと仲間内でも評判だし

俺の彼女は趣味や仕事に干渉してこない
帰りが遅くなっても聞かない 細かいこと

 

宇多田ヒカルの最新アルバム2曲目「俺の彼女」を夕方の電車の中で聴いているとする。


隣には自分と同じ年ほどの異性が座っている。
視線を落として少し右を見ると目にうつるその異性の足元は、太くもなく細くもない、長くもなく短くもない、いわゆる中肉中背だろうと想像できる。
彼/彼女は仕事用のバックを膝の上に置いて、足を組んでいる。
今朝から降っている霧雨のせいで黒い靴が少し濡れている。
はいているパンツ/スカートは黒もしくはグレーのスーツで、これから帰路につくのか、会社に戻るのか、誰かと会うのか。

 

あなたの好みの強い女
演じるうちにタフになったけど
いつまで続くの? 狐と狸の化かし合い

 

ふいに電車がトンネルに入る。
前を向いたら、正面の窓ガラスに、隣の異性が映っている。
彼/彼女は、やや下前方、おそらく前の座席の下あたりをぼんやりと見つめている。
少し、疲れた表情をしている。
美男/美女ではないようだ。
ただ、自分とは正反対の、顔だちだなと思う。

本当に欲しいもの欲しがる勇気欲しい
最近思うのよ 抱き合う度に

カラダよりずっと奥に招きたい 招きたい
カラダよりもっと奥に触りたい 触りたい

 

その瞬間、私/俺は、隣の異性に恋に落ちる。

 

あなたのことを知りたい。
あなたが毎日、何を想って何を見て何を聞いているのか知りたい。
あなたの心に寄り添ってみたい。
あなたについて、知りたい。
そして、私/俺の持っている優しさ、強さを、
あなたに知ってほしい。

 

俺には夢が無い 望みは現状維持
いつしか飽きるだろう つまらない俺に

  

不安?
私/俺といるところを想像してみて。
きっと、優しくて、官能的で、あたたかい毎日が待ってる。

カラダよりずっと奥に招きたい 招きたい
カラダよりもっと奥に触りたい 触りたい

Je veux inviter quelqu’un a entrer
Quelqu’un a trouver ma verite
Je veux inviter quelqu’un a toucher
L’eternite, l’eternite

 

ねえ、私/俺は、あなたに恋したみたい。
だから、私/俺と、一緒にいてほしい。


宇多田ヒカル「俺の彼女」を聴いていると、
そのときの自分と、隣にいる異性の間に、感情の通じ合いのようなものが生まれる。
それはもちろん自分だけしか認識していない一方的なものだけれど、
次の駅で偶然二人とも降りたとしたら、
何のためらいもなく話しかけてしまいそうな、親密な何かが生まれている。
そして、恋に落ちてしまいそうになる。
ただ、隣に座っているだけの人。
顔だちさえもよく見えない、隣の人。
でも、宇多田ヒカルの音と声と言葉が、自分と隣の人を、運命の恋人のように繋ぎ合わせる。歌詞の中の彼/彼女を投影する。
あまりに、ドラマティックな曲だから。
電車の中という日常が、運命的な非日常にすり替わる。